小沢健二 (おざわけんじ)の『流動体について』の歌詞について俺も少しだけ考えてみた。神と神様って??

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ネットで、『流動体について 歌詞』で、検索してたから、今回の小沢健二 (おざわけんじ)の『流動体』の歌詞についての違和感を感じている人の記事があった。

流動体について

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この記事を読んだので、今回は神様と、神との違い??についてだけ書こうと思う。

この記事のターゲットは、もうオザケンをそこそこ好きで、最近のオザケンの発言についても知ってる人向けかも知れない。

参考元:僕が『流動体について』に乗れなかった理由:小沢健二の神様観の変化? (7000文字) 2/27 追記

オザケンの歌詞をここまで考える人が居るんだなってびっくりした。

ちなみに私は、オザケンを、リアルタイムで聴いていた世代です。

(一応コメント打っておいたので、こっちも読んでくれるかな・・・。)

特に、このブログ主さんが、オザケンは、昔の歌詞では、神様と言っていたのに、今回の「流動体について」では、神と呼び捨てにしているところ。に注目しているところ。

これは鋭いところを気になってるなと思った。

これは、僕的には、もしかしたら、神の世界観の違う、アメリカの生活も、ほんのちょっとくらいは影響しちゃってんじゃないか?

て気もする。

アメリカに行って、そんで、世界中、旅に出たオザケン。

どっちかと言うと、オザケンは。反グローバリズムチックな発言もしてる感じjぁないですか。

オザケンの中の、『神様』と、『神』が、もしかしたら、こんがらがってきちゃってんじゃないか?

それともきちんと区別しているからこそ、『神様』と『神』と呼び方を変えている (区別している)のかもしれない。

分からないけど。

これが正解 (せいかい)!!とかは思わないけど、日本という国にオザケンが居た時の、『神様』と、アメリカ社会の『神』の違いを、もしかしたら。

んー。オザケンの言う、『神様』と、『神』は別人なんじゃないかと、少しは思う。

『神様』と、『神』。

わかんないけど。

とりあえず、俺が言ってる事が答えだとは思わないで、一つの、考えるネタとして。

気にしないで書くけど、アメリカ的な『神』ってのは、唯一神(ゆいいつしん)的な神の支配する国がアメリカってイメージなのよね。おれの中で。

唯一神(ゆいいつしん)、畏 (おそ)れおおい神、絶対神(ぜったいしん)、神(かみ)は一人だけ。

キリストさんだとか。まーそういう。

宗教の対立があるのも、神様は一人だけ。なんて気持ちがあるからだ。

イスラム、キリスト、あとなんだろ。ユダヤ教?

そういうの一神教 (いっしんきょう)って言うんでしょ?

あなたは神を信じますか?

って言う時の神は、僕にとっては、いっぱいは、いなさそうなイメージだ。

それに対して日本での神様ってのは、もっと優しいイメージ。唯一神(ゆいいつしん)なんてものが支配してなくて、神様はごろごろ居る。所謂(いわゆる)、八百万 (やおよろず)の神だ。

酒飲んで、わいわいわちゃわちゃ。

福の神なんて太った小槌 (こづち)持った神様がいたり、太陽の神様が、いじけて、岩場にこもって真っ暗になっちゃって、他の神様、太陽の神様に出て来てほしいからって、どんちゃん騒ぎしたり。

何にでも神は宿り、色んな神様が居る。

それが日本な気がする。

(こういった日本の神様観に衝撃を受ける外人さんが結構いると言う話は聞いた事がある。)

そういったイメージからは、神様はすごく近い存在に感じる。

様ってつけると、なんか普通は、すごい上の存在に感じるけど、

なぜか神に様をつけると、親しげなイメージになる。

今回、オザケンの奥さんのエリザベスさんも、日本での生活をもっとしてみたいなんて事を言ってるみたいだし。

また、ガラパゴスなんちゃらのことについてオザケンは最近よく語っていて。

まぁ、よくは分からないけど、そういった、オザケンは今まで思ってきた、神様のイメージは消えちゃいないけど、

今回は。もしかしたら、支配者的な、(一神教的な)神っていう、そういうグローバリズム的なもの (もっと言っちゃえば、グローバル・スタンダード的な。)を神って言ってんじゃないかな的な。

もしかしたら、そうじゃなくて、今までの『神様』と同じ神様の事を言ってて、『神様の手の中にある』って言うと、曲の中に入れた時に歌いにくかったから、『神の手の中にある』にしただけかもわかんないし。

もしそうだったら、神様は今も優しい。

優しく手で包んでくれているのかもしれない。

そんな気もする。

なんて事を考えたりするけど。

確かに、はっきりした区別は感じられないけど。

でもなんか、そういった色んなニュアンスは感じられるよね。

だから、僕が思うのは、小沢健二 (おざわけんじ)に、神様観の変化があったと言うよりは、

もしオザケンが、あえて『神様』と、『神』と呼び方を故意に変えたのであれば、そもそも別人の事を言ってるんじゃないの?

って言う気もしてくる。

『でぶコーネリアス』と、『コーネリアス』は別人。くらいに。

だからなのか、深く考えてなかったからなのか、僕は今回の「流動体について」を聴いた時も、そういった以前のオザケンとの違い・違和感までは感じなかった。

いや、本当のところ、オザケンが何を考えてるかなんて事を、僕が理解できてるのかなんてわからないわけだけども。

ま、何もともあれ、私の感想で言えば、名盤に間違いない。

もっと突き抜けていた、神様に守られている事を確信している様な歌詞のオザケンも良かったけれど。

 

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